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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8332号 判決

原告 黒田善章

右原告訴訟代理人弁護士 田坂昭頼

右同 万羽了

右同 今中幸男

被告 古川義人

右被告訴訟代理人弁護士 岡林辰雄

右同 谷村正太郎

主文

被告は原告に対し金五八万四七三五円および内金五三万一七三五円に対する昭和四二年一二月一六日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一、被告は原告に対し金一一二万六五四三円および内金一〇二万六五四三円に対する昭和四二年一二月一六日以降支払済みに至るまで、内金一〇万円に対する本判決言渡日以降支払済みに至るまで、それぞれ、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によって傷害を受けた。

なお、この際原告は、その所有に属する後記被害車を損壊された。

(一)  発生時 昭和四二年一二月一六日午後一〇時頃

(二)  発生地 東京都中野区弥生町五丁目六番三号

(三)  加害車 普通貨物自動車(練四ぬ七七〇五号)

運転者 被告

(四)  被害車 普通乗用自動車(足立五え九〇五七号)

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 追突

(六)  被害者たる原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。

鞭打症

二、(責任原因)

被告は、次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、本件事故により原告が蒙ったいわゆる人損については、自賠法三条による責任を負う。

(二)  被告には、事故発生につき、次のような過失があったから、本件事故により原告の蒙ったいわゆる物損につき、また人損について運行供用者責任が認められないときは、いわゆる人損についても、不法行為者として民法七〇九条の責任を負う。

自動車運転手としては、自車進路前方を注視し、前方の安全を確認したうえ進行すべき注意義務があるのに、被告はこれを怠り、漫然進行したため、先行の被害車に加害車を追突させた。

三、(損害)

(一)  治療費等

1 治療費 金三三万〇五〇〇円

原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和四二年一二月一七日より昭和四三年九月一一日迄入院ならびに通院をし、医師の施療を受けたが、そのための費用として頭書金額を負担するに至った。

2 付添費 金六万二三九〇円

右治療中付添看護を受ける必要があり、その費用として、右のとおりの金員を負担するほかなくなった。

3 入院雑費 金七〇〇〇円

入院生活三五日間に伴ない、諸雑品購入費・通信連絡費用として、一日当り金二〇〇円の割合による金七〇〇〇円の出費を余儀なくされた。

(二)  休業損害

原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ金五〇万四二〇〇円の損害を蒙った。

(休業期間)昭和四二年一二月一七日より昭和四三年九月一一日迄

(事故時の職業)個人タクシー運転手

(事故時の日収)金二〇二五円

(二)  慰藉料 金六〇万円

原告は、本件事故による傷害治療のため、前記のとおり三五日間の入院生活を余儀なくされたほか、二〇九回に亘り通院をかさね、多大の苦痛を味わったことや、前記本件諸事情を総合勘案すると、原告が本件傷害により受けた精神的損害は金六〇万円をもって慰藉するのが相当である。

(四)  物損 金二万九〇四〇円

原告は、前記のとおり、本件事故で、その所有する被害車を損壊され、その修理費として、右のとおりの費用を負担するに至った。

(五)  損害の填補

原告は被告から本件損害金内金として既に金五〇万六六〇〇円の支払いを受けた。

(六)  弁護士費用 金一〇万円

以上により、原告は金一〇二万六五三四円の賠償金支払を被告に対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人らにその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、原告は金一〇万円を、支払うことを約した。

四、(結論)

よって、被告に対し、原告は金一一二万六五四三円およびこれにより弁護士費用を控除した金一〇二万六五四三円に対する事故発生の日である昭和四二年一二月一六日以後支払済みまで、弁護士費用相当分たる金一〇万円に対する本判決言渡日以後支払済みまで、おのおの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)≪省略≫

二、(事故態様に関する主張)

本件事故は、原告が被告運転の加害車を追越しざま急停車するという無謀な運転を行なったため、被告の時をおかぬ制動も及ばず加害車が被害車に追突するに至ったものである。

即ち、本件事故発生直前、原告運転の被害車は、加害車の後方を同方向に向って走行していたところ、前方左側の路上バス停留所付近にいた通行人二名がタクシーである被害車に乗車の意図で手を挙げ合図をした。原告は、これを認めるや、突然速度をあげ、しかも、方向指示器等による合図もなんらなさないまま、被告運転の加害車の右側を通って追越し、加害車の前方に出て、前記通行人の前で急停車した。被告は、右状況を認めるや直ちに制動措置をとったが、間に合わず、被害車に追突するほかなかったのである。

三、(抗弁)

(一)  免責≪省略≫

(二)  過失相殺≪省略≫

第五抗弁事実に対する原告の認否

否認する。

第六証拠関係≪省略≫

理由

一  原告主張請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いないが、被告は、本件事故は原告の過失に起因するとして、免責あるいは過失相殺の抗弁を主張するので、本件事故態様につき、検討を加えることにする。

≪証拠省略≫をあわせると、次のような事実を認めることができる。

本件事故発生地点は、杉並方南町より新宿十二社へはしる車道幅員九米の道路上にあり、右道路と、中野区南台より同区弥生町に通ずる幅員一〇・一〇米の道路が交差する地点より約一一米強東寄りの箇所にある。原告は被害車を使い、個人タクシーを営んでいた者であるが、いわゆる空車の状態で、方南町方面より十二社方面に時速四〇粁前後の速度で進行してきて、前記交差点を通過し終った瞬間、前方右側歩道上で、乗車の意図をもって、手を挙げている婦人を認めた。そこで原告は、右客を乗車させんとし、折柄後続する被告運転の加害車の動静をバックミラーでみたところ、自車の少なくとも一二乃至一三米以上後方を走行中であることが認められたため、車間距離としては充分であると判断したうえ、直ちに右折の合図をする共に、ハンドルを右に切って、僅かに歩道近くに寄り、歩道との間約二米弱の距離で停車し、乗車せしめんとした。他方、被告は、前記の車間距離をもって、被害車の後方を、被害車よりは僅かに歩道寄りを、被害車とほぼ同速度で走行していたのであるが、本現場付近を常に通行し、道路状況を知悉していたことと、当時交通は比較的閑散としていたため、自車進路前方に対する安全を確認する義務を怠り、先行する被害車がタクシーであることも充分認識せず、前示婦人の合図をもって、自車に対する合図と誤認するほどの不注意な運転を続けたため、被害車の停車措置の発見がおくれ、被害車が停車し終った時点でようやくこれを認め、急停車も及ばず、加害車の前部を、被害車後部左側に衝突させるに至り、そのため原告は、むち打ち症の傷害を受けたほか、被害車左後部トランク・フェンダーおよびバンバーが損壊した。

以上のような事実が認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は、前掲証拠に照らすと、事実を正確に反映したものとはいい難く、そのほか右認定を覆えすに足りる証拠は存しない。

右認定事実によると、本件事故に関し、被告に前方注視義務に怠るところがあり、そのため、先行車の停車措置に適確に対処することが遅れ、事故に至っていることが認められるから、その余の点につき判断する迄もなく、被告に免責を認めることはできず、原告主張の被告が加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた旨の主張を争わない被告は、運行供用者として、いわゆる人損につきまた本件事故に関し、前記のとおり注意義務を過失により怠っていた故に不法行為者として、いわゆる物損につき相当の損害を賠償すべき責任を負わなくてはならないことになる。

他方原告も、右認定のとおりの乗客を拾わんとするタクシー運転手としては、できる限り道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないようにしなければならないのに、前記のとおり、歩道との間に距離を置く位置に停車しようとした過失を犯しており、さらに、原告としては進路を変更して停車することになるのである故、後方の安全を充分確認してから、その進路を変更すべきであるのに、前記のとおりの少なくとも一二乃至一三米という、必ずしも充分に安全とはいえない車間距離で、右の挙にでた過失をも犯しており、これらも本件事故発生に寄与していることが前記認定の衝突状況からも明らかである。そして、原告の右過失を斟酌すると、被告は原告に対し、その相当の損害のうち七五%相当を賠償すべきものと判断する。

二  そこで、原告の蒙った損害につき検討する。

(一)  治療関係費用 金三七万七五七〇円

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故によるむち打ち症治療のため、昭和四二年一二月一七日より同月一九日迄通院の後、同月二〇日より昭和四三年一月二三日迄入院、その後同年九月一一日迄再び通院し、通院回数は合計二〇九回となったが、右同日治癒したこと、原告の症状は、当初かなり重く、頸項部の痛みと肩凝りが強固に存したが、その後の経過は順調で、昭和四三年六月頃より短時間ならば自動車運転も可能となり、同年八月よりは通院する時間を除けば、社会活動はほぼ平常人と変わりなく行なえる迄に回復したこと、右治療のため、治療費として昭和四三年九月一一日迄に金三三万〇五〇〇円、また入院期間中、医師の指示により付添看護婦を依頼し、その費用として昭和四三年一月二三日迄に少なくとも金五万三八七〇円、入院に伴う日用品購入費・通信連絡費として前同日迄に少なくとも金七〇〇〇円の各出費をなしたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで本件のような交通事故にもとづく損害賠償請求において、損害は治療費についても、その現実の出費額がそのまま損害額となるわけではなく、事故による傷害・価値毀損をもとに回復に要するのに必要相当と予測計量するところの費用の現在価値が損害額となり、現実の治療出費は右の予測が正当であることを肯認させる資料であるにすぎないものであると考えられるところ、右認定の傷害内容・回復状況・支出時期に鑑みると、治療費については金三一万九〇〇〇円、付添費については金五万一六〇〇円、入院雑費については金六九七〇円の限度で本件事故と相当因果関係があるものと認められるが、右限度をこえる金額までが相当である旨を認めるに足りる事実を認定しうる証拠はない。

(二)  休業損害 金四一万八五〇〇円

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故当時個人タクシーを営み、年間で金一二三万一七四〇円の収入をえており、これより必要経費としてのガソリン代・車の減価償却費・オイル代等の費用と、租税を控除すると、右収入の五五%に当る金六七万七四五七円を純収入として取得していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実と(一)認定の原告の回復状況よりすると、本件事故と相当因果関係ある原告の休業は、昭和四二年一二月一七日より昭和四三年五月三一日迄は一〇〇%の休業とみて差支えないけれども、昭和四三年六月一日より同年七月三一日迄は九〇%、昭和四三年八月一日より同年九月一一日迄は二〇%、各相当の休業分のみが、相当の損害とみるべきである。右各休業相当分を前認定より算出される原告の日収金一八五六円(円未満は五〇銭以上切上方式による、以下同じ)に従い導出すると、それぞれ金三〇万九九五二円、金一〇万一八九四円、金一万五五九〇円となるところ、前認定の原告の営業よりして、右は単に平均的な日収をもとに算出したもので、原告の現実の収入は日々変動あること、そして(一)で損害額算定につき示したところと、損害は控え目に認定するほかないことを総合するならば、事故時に計測しうる休業損害額としては、合計金四一万八五〇〇円をもって相当の限度とみるべきであり、これをこえる額をもって相当と認めうる事実の存在を認めうる証拠は存しない。

(三)  慰藉料 金五六万円

前認定傷害部位・内容、治療状況その他本件諸般の事情を総合すると、原告が本件事故により受けた精神的損害は、金五六万円をもって慰藉するのが相当と評定できる。

(四)  物損 金二万八三七六円

≪証拠省略≫によると、原告は被害車の修理費用として、おそくも昭和四三年五月三一日迄に金二万九〇四〇円を出費していることが認められ、右認定に反する証拠はなく、右認定事実と、当事者間に争いのない被害車は原告の所有に属する事実ならびに、前認定の被害車の損害状況よりすると、右修理費より中間利息を控除した金二万八三七六円をもって、原告の蒙った物損相当額とするのが正当である。

三  そうすると、原告の蒙った損害相当額は、金一三八万四四四六円となるところ、前記原告の過失を斟酌すると、右の七五%たる金一〇三万八三三五円が被告において賠償すべき額となり、これより当事者間に争いのない本件損害金既払内金五〇万六六〇〇円を控除した金五三万一七三五円が、なお原告において被告に賠償を求めうる金額である。

なお、右認容額、本訴訴訟経緯、弁論の全趣旨より窺われる事故発生時より被告においてその責任を否定し、損害金全額の任意弁済を肯んじなかった事情よりすると、原告が被告に負担を求めうる弁護士費用は、金五万三〇〇〇円の限度にとどまり、またその遅延損害金は、弁護士費用の支払およびその時期が、本件全証拠によるも明らかにしえない本訴では認容することができない。

四  よって、原告は被告に対し、金五八万四七三五円およびこれより弁護士費用を控除した金五三万一七三五円に対する本件事故発生日である昭和四二年一二月一六日より完済まで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告の本訴請求を右限度で認容し、その余は理由なしとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

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